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新潟地方裁判所長岡支部 昭和49年(ワ)168号 判決 1978年10月30日

原告

浅原孝子

ほか四名

被告

青山善尚

主文

一  被告は、原告浅原孝子に対し、金二六四万五、五五四円並びに内金二三四万五、五五四円に対する昭和四八年二月二四日から及び内金三〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、その余の原告に対し、各金一二六万二、七七七円並びに各内金一一一万二、七七七円に対するいずれも昭和四八年二月二四日から及び各内金一五万円に対するいずれも本判決言渡の日の翌日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その二を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告浅原孝子に対し、金七〇〇万円、その余の原告に対し、各金三五〇万円、及び右各金員に対する昭和四八年二月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

(一) 訴外浅原隆三(明治四一年三月二〇日生)は、昭和四七年一二月二七日午後四時五五分ころ、長岡市東蔵王町二丁目三番二号先の国道八号線と同市西蔵王町に通ずる市道が交差する三差路において、訴外大須賀次男運転の第一種原動機付自転車(長岡市う第二六五号)に衝突され、脳挫傷、頭蓋骨骨折、右腓骨骨折等の傷害を受け、その治療中劇症肝炎となり、これにより昭和四八年二月二三日長岡赤十字病院において死亡した。

(二) 隆三は、本件事故により受けた傷害の治療のために服用したノイロキシンにより、薬剤性肝障害を発症した結果、劇症肝炎となつて死亡したものであるから、本件事故と隆三の死亡との間には因果関係がある。

2  (責任原因)

(一) 被告は前記原動機付自転車の保有者であり、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により本件事故によつて浅原隆三及び原告らが受けた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告は、大須賀次男の雇傭主であつて、同人は被告の業務のため右原動機付自転車を運転中、赤信号を無視して前記交差点を通過しようとした過失により、信号に従つて横断歩行中の浅原隆三に衝突し本件事故を起こしたものであるから、民法七一五条一項により前記損害を賠償する責任がある。

3  (損害)

(一) 浅原隆三に生じた損害 三、三一九万七、〇一二円

(1) 診療費(診断書等の書類の作成料を含む) 一万一、二六〇円

(2) 入院中の付添料 六万円

浅原隆三は、昭和四七年一二月二七日から昭和四八年一月一六日までの二一日間長岡赤十字病院脳外科に、同年二月八日から同月二三日までの一六日間同病院内科にそれぞれ入院したが、そのうち脳外科の二一日間と内科の九日間は付添看護を必要とした。その費用は一日当り二、〇〇〇円として合計六万円となる。

(3) 入院中の雑費 一万一、一〇〇円

前記合計三七日間の入院期間中一日当り三〇〇円の雑費を必要とした。

(4) 逸失利益 二、九一一万四、六五二円

イ 基準となる年収 三四一万四、四〇〇円

内訳 北越メタル株式会社顧問料

年間二八六万円

秩父石灰工業株式会社嘱託料

年間三六万円

新潟大学工学部非常勤講師報酬

年間一九万四、四〇〇円

これらは浅原隆三が生存する限り得ることができるものである。

ロ 控除すべき生活費 年間二五万三、二〇〇円(自賠責査定基準月収一五万円以上の場合による)

ハ 毎年の純益 三一六万一、二〇〇円

ニ 稼働可能年数 一二年(死亡時六四歳)

ホ 年五分の中間利息を控除した損害の現価 二、九一一万四、六五二円(ホフマン年別計算によるホフマン係数九・二一)

(5) 慰藉料 四〇〇万円

(二) 原告浅原孝子は亡隆三の妻であり、その余の原告はいずれも隆三の子であり、以上が隆三の相続人の全員であるから、相続分に従つて、原告孝子は前記隆三に生じた損害賠償請求権の三分の一である一、一〇六万五、六七〇円の、その余の原告は各六分の一である五五三万二、八三五円の各損害賠償請求権を相続により取得した。

(三) 原告浅原孝子に生じた損害

(1) 葬儀費用 三〇万円

(2) 慰藉料 一〇〇万円

仮に亡隆三の慰藉料の請求ならびにその相続が認められないときは、予備的に固有の慰藉料として四三三万三、三三三円。

(四) その余の原告らに生じた損害

慰藉料 各五〇万円

(三)の(2)と同様に予備的に固有の慰藉料として、それぞれ一一六万六、六六六円。

(五) 弁護士費用 二一〇万円

原告らは、被告が任意の弁済に応じないため、やむなく弁護士金田善尚に本件訴訟提起追行を委任したが、その費用として原告孝子は七〇万円、その余の原告は各三五万円の支払を約した。右は本件事故による損害である。

よつて、被告に対し、原告孝子は一、三〇六万五、六七〇円の、その余の原告は各六三八万二、八三五円の各損害賠償請求権を有するところ、本訴においては、右のうち、原告孝子は七〇〇万円、その余の原告は各三五〇万円及び右各金員に対する隆三が死亡した日の翌日である昭和四八年二月二四日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(一)の事実は傷害の内容を除いて(右は不知。)認める。同(二)のうち隆三がノイロキシンの投与を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

仮に隆三がノイロキシンの服用により劇症肝炎になつたとしても、ノイロキシンの服用が劇症肝炎を発症させることは全く稀有の事例に属するものであり、右発症はその原因の殆んど大部分を隆三の特異体質に負うものである。しかもノイロキシンの服用は傷害の治療のため必要不可欠のものではなかつたのであり、これをあえて投与した長岡赤十字病院の担当医師に重大な過失が存在するのである。従つて本件交通事故と隆三の死亡との間には相当因果関係は存在しないものである。

2  請求原因第2項の(一)・(二)の事実は否認する。

本件原動機付自転車は訴外有限会社日本土地の所有であり、同会社において常に使用しており、保険関係の契約も同会社でしており、従つて、その運行供用者は同会社であつて被告ではない。

また、大須賀次男は同会社の業務執行中に本件事故を惹起させたものであつて、被告の業務執行中ではない。

3  請求原因第3項の事実はすべて否認する。

なお、被告は有限会社日本土地の代表取締役として、被害者の代理人である北越メタル株式会社幹部社員に対し、被害弁償を申し入れて示談を試みたにもかかわらず、原告らがこれに対し何らの回答もせず、突然本訴をもつて巨額の請求をしてきたことは信義則違反のそしりを免れないものである。

三  被告の抗弁

(過失相殺)

本件交通事故は、隆三が進行方向の赤信号表示を無視して、前記国道を横断していたため惹起されたものであつて、隆三にも重大なる過失が存在するから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は全て否認する。

信号を無視したのは国道上を走行していた大須賀次男であつて、隆三は青信号に従い横断歩道上を通行していたものである。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因第1項(一)の事実は、傷害の内容を除いて(右は、原本の存在および成立に争いがない甲第八号証によつてこれを認めることができる。)、当事者間に争いがなく、(二)の事実については後記第三で認定するとおりである。

第二責任原因

その成立に争いがない甲第一七号証、証人青山正則の証言及び被告本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)によれば、被告は魚源という名で魚屋を経営し、かつ株式会社日本土地の代表取締役をしているものであるが、本件事故の加害者である大須賀次男は右魚源の板前として稼働し、時折、日本土地の仕事をも手伝つていたものであること、本件事故を惹起した原動機付自転車は右魚源と日本土地とが共用していたものであること、大須賀は被告の業務執行中に本件事故を惹起したものであることが認められ、右認定に反する証人青山正則および被告本人の各供述部分は措信できず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。右事実によれば、被告は本件原動機付自転車の運行供用者であることは明らかであり、従つて被告は、自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

第三因果関係並びに賠償範囲

本件の最大の争点は本件交通事故と隆三の死亡との間に相当因果関係が存在するか否かにある。そこでまず、隆三が死亡した直接の原因が原告ら主張のようにノイロキシンの服用によるものであるか否かを検討し、これが肯定された場合、ついで本件事故との相当因果関係の有無並びに賠償範囲について検討する。

一1  原本の存在につき争いがなく証人登坂尚志の証言により真正に成立したと認められる甲第五・第六号証、成立に争いのない甲第一九号証の一ないし三、第二〇号証の一ないし六、第二一号証の一ないし一一、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一ないし五、第二四号証の一ないし三二、証人渡辺正雄、同登坂尚志の各証言、原告浅原孝子本人尋問の結果(第一、二回)によれば、隆三が受傷してから死亡するに至るまでの治療の経過並びに症状の推移は次のとおりであつたことが認められる。

隆三は、受傷直後の昭和四七年一二月二七日長岡赤十字病院脳外科に入院し、整形外科の併診を受けながら頭部外傷その他の各受傷部分につき、注射、投薬を主とした治療を受け、外傷についてはほぼ良好な経過をたどり、同四八年一月一三日には退院(予定日同月一六日)の許可が出るに至つたが、そのころ三七度Cを越える発熱があつたため、しばらく様子をみていたところ、同月一六日に一旦熱が下がつたことから予定どおり同日退院し、自宅で療養することになつた。しかし隆三は退院後再び三八度Cを越える発熱が二日間ほどあり、その後も微熱が続き、同月三〇日の通院時には食欲不振などの症状を訴えていたところ、同年二月二日ころから再度三七度C台の発熱と黄疸をみたため、同月六日の通院時に内科の診察を受け、諸検査を受けた結果、肝臓が相当悪いということで同月八日同病院内科に再入院し、主治医登坂尚志の下で治療を受けていたが、病状は悪化の一途をたどり、同月二三日ついに死亡するに至つた。解剖の結果直接の死因は急性黄色肝萎縮症(劇症肝炎)による肝不全ということであつた。

2  ところで、成立に争いのない乙第八号証の一・二、証人荒井奥弘の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人登坂尚志、同荒井奥弘、同渡辺正雄、同亀谷麒与隆の各証言、鑑定の結果によれば、一般に劇症肝炎発症の機序は必ずしも明確にされていないが、その発症の原因の多くはウイルス性肝炎(これにはA型、B型、非A・非B型の三種がある)からの移行であり、稀に薬物による肝障害或いは急性流行性症患などからの移行もみられるところ、B型ウイルス性肝炎の場合には血清中にオーストラリア抗原が検出できるものであり、またウイルス性肝炎の場合にはほぼ共通して血液中の好酸球の増多はみられず、むしろこれが減少するのが通例であること、好酸球の増多は薬物に対する過敏反応の場合によくみられるものであること、薬剤性肝障害は大別して本質的肝臓毒による直接的な肝障害と、薬物を投与された個体の特異体質反応或いは過敏反応に基づく肝障害の二つがあり、前者は原因薬剤を投与されたすべての人に発症するものであり、後者は特定の人にのみ発症し、従つてそれはその人がその薬剤に対する特異体質或いは過敏性を有していることによるものと考えられること、後者の肝障害には潜伏期があり、薬剤の服用後一週間から六週間後、通常は二週間以上後に発症する場合が多く、かつこの場合肝障害の発症を予測することは極めて困難であること等の事実が認められる。

3  そこで、これを隆三のケースについて検討する。

前記一の1で認定した事実のほか、前掲甲第二三号証の一ないし五、第二四号証の一ないし三二、証人登坂尚志の証言によると、隆三は、昭和四八年二月六日の内科初診時の諸検査をはじめ、その後の数回の検査においてもオーストラリア抗原測定結果は常に陰性であつたこと、逆に血液中の好酸球は同月六日一四パーセント、同月一二日一五パーセントと各増多を示し、同月一六日、一九日の検査時にようやくゼロになつていること、当時隆三は肝障害を惹起するような急性流行性症患にかかつてはいなかつたこと、免疫学的な諸検査は施行されていないこと、隆三は以前にインフルエンザワクチンの注射で気分が悪くなつたことがあつたこと等の事実が認められ、また前掲甲第二〇号証の一ないし六、第二一号証の一ないし一一、第二三号証の一・二、原本の存在とその成立につき争いのない甲第七号証の一ないし六、成立に争いのない乙第九号証、証人登坂尚志、同渡辺正雄、同亀谷麒与隆の各証言、原告浅原孝子本人尋問の結果(第一、二回)並びに鑑定の結果によれば、隆三は脳外科に入院した後の昭和四八年一月六日からノイロキシン(学名塩酸ピリチオキシン)の投与を受け、ほぼ連続してこれを服用し、同年一月三〇日の通院時にも一四日分の交付を受けてその服用を続けたこと、脳外科で投与を受けた薬剤にはオプタリドン、トレステン、その他の薬もあつたが、それらの一月三〇日以降には投与を受けていないこと、これに対し好酸球の増多は前記認定のように一月三〇日以後にみられること、ノイロキシンを服用したことにより発症したと考えられる肝障害例はこれまで七例ほどが学会、研究会等で発表されているが、この場合薬の服用後一〇日から二週間くらいで発熱があり、その後三週間前後で黄疸が出るケースが多いこと、ノイロキシンの発売元である山之内製薬の昭和四九年三月以後の同薬剤の使用説明書にも稀に肝障害のあらわれることがある旨が明記されていること、ノイロキシンによる肝障害から劇症肝炎に発展した例は本件時までに見当たらないこと等の事実が認められる。

4  以上のノイロキシンの服用期間と隆三の発熱、黄疸の発症時期、好酸球の増多事実とその推移、オーストラリア抗原測定結果、ノイロキシンの薬剤としての性質と肝障害発生例の存在、他の薬剤の服用時期、隆三の体質などすでに認定した事実を総合すると、隆三の劇症肝炎による死亡は、免疫学的諸検査が施行されていないため医学的には確診の段階にまでは至らないものの、薬剤による肝障害、それもノイロキシンの服用と隆三の特異体質に基づくものであつたとの高度の蓋然性が存在するものというべきであり、結局法的には、隆三の死亡は、ノイロキシンの服用による特異体質反応ないし過敏反応に基づく肝障害が原因であつたものと認めることができるのであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  そこで次に、本件交通事故と隆三のノイロキシンの服用並びにその死亡の結果との関係について検討する。

1  前掲乙第九号証、証人渡辺正雄、同登坂尚志の各証言および鑑定の結果によると、ノイロキシンは脳代謝改善剤として頭部外傷・脳卒中後遺症などに伴う諸症状の改善のため、一般的にかなり広く使用されてきたものであり、隆三も本件事故による頭部外傷に伴う諸症状の治療・改善のためノイロキシンの投与を受けたものであることが認められるところ、前記のとおり、隆三は、右ノイロキシンの服用による特異体質反応ないしは過敏反応により劇症肝炎となり、肝不全により死亡するに至つたものである。

2  このように、交通事故によつて受傷した者が、医療機関によりその治療を受けている過程において、その治療行為もしくは服用した薬剤が直接の原因となつて死亡するに至つた場合に、右交通事故と死亡との間にいわゆる相当因果関係(条件関係が認められることは明らかである。)を認めるべきか否かについては問題がある。

一般的に、交通事故によつて受傷した者が、医療機関により必要かつ相当な医療行為(薬剤の投与を含む)を受けるのは当然のことであり、かつ、医学的知識のない(もしくは少い)受傷者は、この間、医療機関の判断と措置に全幅の信頼を置き、いわゆるその身体を全面的に当該医療機関に委ねるのが通常であるから、右医療行為自体が故意又は過失による違法なものであつてそれ自体が独立して責任原因となるとか(ただし、それが交通事故と共同不法行為の関係になると認められる場合は別である。)、あるいは交通事故とは全く無関係な偶然的不可抗力が介在するとか、その他交通事故と死亡との因果関係を切断するような特別の事情が認められない限り、交通事故と右医療行為により生じた結果たる死亡との間には相当因果関係を肯定できるものであり、かつこれによつて生じた被害者の損害を加害者をして賠償せしめるのが損害の公平分担を旨とする不法行為制度の趣旨に照らして相当であると考える。

けだし、被害者は、交通事故にさえあわなかつたならば、医療機関の医療行為を受けることもなく、事故以前と同じ社会生活を維持・継続できたものと考えられるのに、加害者の違法な行為によつて受傷しその治療を受けている過程において、医療機関の違法な行為等によらず、しかも自からにも何等の落度がないのに死亡するに至るという結果が生じたものであり、これによつて生じた損害については加害者にもその責任の一端を担わせるのが合理的だからである。

3  これを本件についてみるに、前記のとおり、隆三は、本件事故により受傷し、その治療のため長岡赤十字病院に入院・通院し、医師の診断と指示に従つて一般的に広く使用されているノイロキシンを服用したところ、特異体質反応ないしは過敏反応により劇症肝炎となり死亡するに至つたものである。そして、右医療行為に故意・過失による違法な行為があるとか、その他因果関係の切断を認めるべき特別な事情も認められないから、結局、本件事故と隆三の死亡との間には相当因果関係が存在するといわざるをえない。

4  なお、被告は、隆三がノイロキシンの服用により劇症肝炎になつたとしても、ノイロキシンの服用が劇症肝炎を発症させることは全く稀有のことであり、その原因はその殆んどが隆三の特異体質によるものであると主張し、本件事故と隆三の死亡との間の因果関係を否定する。

しかしながら、隆三がノイロキシンという特定の薬剤に過敏反応を示す体質であつたとしても、隆三は本件事故にあわなかつたならば、ノイロキシンの投与を受けることなく、従つて特異体質が問題になることもなく、事故以前と同様の社会生活を維持・継続することができたであろうことは容易に推測できるものであるから、右特異体質を後述の賠償責任の範囲で考慮するのは格別、隆三の特異体質のゆえをもつて前記2・3で判示した因果関係の切断を認めるべき特別の事情があるということはできない。

三  以上のとおり、本件交通事故と隆三の死亡との間に相当因果関係の存在することが肯定されたのであるが、そのことから直ちに、隆三の死亡によつて生じた全損害につき被告に賠償責任が発生すると解するのは相当でなく、被告の負うべき賠償責任の範囲については、又別個の検討が必要である。けだし、既に認定された相当因果関係は、生じた結果に対し、加害車が賠償責任を負うべきかどうかの判断であるにとどまり、賠償責任を負うとされた場合に加害者がどの範囲の損害にどの程度の割合で責任を負うのが相当であるかということは、損害賠償制度の基本理念である損害の公平分担という原則に則つて、別個に判断されるべきものであるからである。そして、その相当性の判断は、加害行為の態様、加害行為の結果発生への寄与割合、被害者側の事情、損害賠償義務者の帰責根拠等の諸般の事情を総合的に考慮したうえでなされるべきものである。

本件についてこれをみるに、前記認定のとおり、隆三の死亡は、本件事故による受傷の治療のために服用したノイロキシンに対し、隆三が特異体質による過敏反応を起こして肝障害を発症したことによるものであるが、ノイロキシンの投与により劇症肝炎を発症させる例は極めて稀有の事例に属するものであり、本件はノイロキシンに対する隆三の特異体質が大きく寄与していたことは否めない事実である。しかも成立に争いのない乙第五号証、証人渡辺正雄の証言によれば、本件事故による隆三の受傷は、当初の診断では加療約一か月を要する見込みの傷害であり、生命に別段影響を与えるものではなく、かつその後の経過は良好であつたことが認められる。このような場合に、隆三の死亡によつて生じた全損害につき被告に全責任を負担させることは、著しく公平を欠くものといわざるをえない。

以上のような事情並びにすでに認定した全ての事情を総合考慮したとき、当裁判所は、隆三の死亡の結果に関する損害(傷害に関する損害については、被告がその責任のすべてを負担すべきであることは当然である。)については、被告の寄与割合を三〇パーセントとみ、右割合により被告にその責任を負担させるのが相当であると考える。

第四損害

一  隆三に生じた損害

1  治療関係費

既に認定したように隆三は傷害の治療のため昭和四七年一二月二七日から同四八年一月一六日までの二一日間長岡赤十字病院脳外科に入院し(以下、これを前期入院という。)、ついで肝障害の治療のため同年二月八日から死亡した同月二三日まで同病院内科に入院(以下、これを後期入院という。)したものである。

(一) 診療費

前掲甲第七号証の一ないし六、第一九号証の二、成立に争いのない乙第一号証の一ないし八、第五号証によれば、隆三の負担した診療費は合計一万一、二六〇円であり、内八、七六〇円(甲第七号証の一・乙第一号証の一の「患者負担額」欄の合計金額のうち、診断書料四通分二、〇〇〇円、明細書料五〇〇円を除く)が本件事故による傷害に関係した損害額であり、残りの二、五〇〇円が肝障害に関係するものとなるからその三〇パーセントの七五〇円、以上合計九、五一〇円が損害額であると認められる。

(二) 入院付添費

前掲甲第五号証、原告浅原孝子本人尋問(第一回)の結果並びに経験則によれば、隆三は前期入院期間の全部及び後期入院期間中の九日間付添看護を必要とし、妻の浅原孝子が右期間中付添看護したことが認められるところ、右付添費としては一日二、〇〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、その合計は四万七、四〇〇円である。

(イ) 二、〇〇〇円×二一=四万二、〇〇〇円

(ロ) 二、〇〇〇円×九×〇・三=五、四〇〇円

(〇・三は前記被告の負担割合である。以下同じ)

(三) 入院雑費

経験則によれば、隆三は前記各入院期間中一日三〇〇円の割合による入院雑費を必要としたことが認められ、その合計は七、七四〇円である。

(イ) 三〇〇円×二一=六、三〇〇円

(ロ) 三〇〇円×一六×〇・三=一、四四〇円

2  死亡による逸失利益

いずれも原本の存在に争いがなく、原告浅原孝子本人尋問(第一、二回)の結果によつて真正に成立したと認められる甲第九号証ないし第一一号証、原告浅原孝子本人尋問(第一、二回)の結果および前記認定の事実によれば、隆三は本件事故当時六四歳で、北越メタル株式会社の顧問として年間二八六万円の、秩父石灰工業株式会社の嘱託として年間三六万円の、新潟大学工学部の非常勤講師として年間一九万四、四〇〇円の収入(合計三四一万四、四〇〇円)を得ていたことが認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から七年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益の現価を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると(ホフマン係数五・八七四三)四二一万二、〇一四円となる。

三四一万四、四〇〇円×(一-〇・三)×五・八七四三×〇・三=四二一万二、〇一四円

(最後の〇・三は被告の負担割合)

3  慰藉料

本件事故の態様、受傷部位、程度、治療の経過、その他諸般の事情を考えあわせると、本件事故によつて隆三が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては五〇〇万円が相当であるところ、これに前記被告の負担割合を乗じると、右は一五〇万円である。

4  原告浅原孝子(第一回)本人尋問の結果によれば、原告浅原孝子は隆三の妻であり、その余の原告らは隆三の子供であつて以上が隆三の相続人の全員であることが認められるから、相続分に従い原告孝子は隆三に生じた損害(合計五七七万六、六六四円)の三分の一である一九二万五、五五四円の、その余の原告は各六分の一である九六万二、七七七円の、各損害賠償請求権を相続により取得したものと認められる。

二  原告らに生じた損害

1  葬儀費用

経験則によれば、原告浅原孝子が支出した隆三の葬儀費用は四〇万円が相当な損害と認められるから、これに対する被告の負担割合を乗ずると右は一二万円になる。

2  慰藉料

前記認定のとおり、原告浅原孝子は隆三の妻として、その余の原告らは隆三の子として、隆三の死亡により大きな精神的苦痛を受けたことが推察され、その慰藉料としては本件に顕れた諸般の事情を考慮して、原告浅原孝子につき一〇〇万円、その余の原告各自につき五〇万円が相当であるところ、これに被告の負担割合を乗じると、結局浅原孝子につき三〇万円、その余の原告につき各一五万円となる。

第五被告の過失相殺の主張について

前掲甲第一七号証、成立に争いのない甲第一八号証によれば、本件事故は、請求原因第1項(一)記載の国道上を小千谷市方向から三条市方向に走行していた大須賀次男が、前方の交差点の赤信号を無視して進行したため、折から国道上の横断歩道を青信号に従つて歩行し始めた隆三に衝突させたものであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。従つて、隆三には被告主張のような過失が認められないから、被告の過失相殺の主張は採用できない。

第六弁護士費用

原告浅原孝子の本人尋問(第一回)の結果および弁論の全趣旨によれば、原告らは被告が隆三の死亡と交通事故との因果関係を争つて、任意の損害賠償に応じなかつたため弁護士金田善尚に本件訴訟追行を委任し、報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、被告に対して本件事故による損害賠償として求め得る弁護士費用の額は、原告浅原孝子につき三〇万円、その余の原告につき各一五万円とするのが相当であると認められる。

なお被告は、被告が訴外有限会社日本土地の立場で北越メタル株式会社の幹部社員を通じて原告らに対し、示談弁償を申し入れていたにもかかわらず、原告らがこれに対する回答もせず本訴請求をなしたのは信義則違反である旨主張するが、原告浅原孝子本人尋問(第一回)の結果及び弁論の全趣旨によれば、右申し入れは隆三の死亡と交通事故との間の因果関係が存在しないことを前提としたものであり、結局話がまとまらなかつたことが認められるから、被告の右主張は失当である。

第七結論

よつて被告は原告浅原孝子に対し、二六四万五、五五四円、及びうち弁護士費用を除く二三四万五、五五四円に対する本件事故の日の後である昭和四八年二月二四日から、うち弁護士費用三〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告ら各自に対し、一二六万二、七七七円、及びうち各弁護士費用を除く一一一万二、七七七円に対する前記昭和四八年二月二四日から、うち各弁護士費用一五万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、従つて、原告らの本訴請求はそれぞれ右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山善左エ門 武内大佳 山崎恒)

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